検索候補が人の印象を変える? ― Googleサジェストをめぐる2つの訴訟
著者名:岩崎 香具矢, 南 和宏(監修), 服部 優子(挿絵)
更新日:2026.09.12
テクニカルレポートNo.8
Googleの検索窓に文字を入力すると、入力途中の言葉に続いて検索候補が自動的に表示されます。現在「オートコンプリート」※と呼ばれているこの機能は、かつて「Googleサジェスト」※と呼ばれていました。
例えば、ある人物について調べようとして氏名を入力したとき、その名前と一緒に犯罪への関与を連想させる言葉が検索候補に現れたとしたら、どう感じるでしょうか。その人物について何も知らなかったとしても、「何か事件に関係した人なのだろうか」と考えてしまうかもしれません。
しかし、検索候補として並んだ言葉が、その人物についての正しい事実を表しているとは限りません。日本では2010年代初頭、このGoogleサジェストによって名誉やプライバシーを侵害されたとして、Googleを相手取った訴訟が起こりました。 [1][2]
今回は、そのうち2013年に東京地方裁判所で判決が出された2つの訴訟を取り上げます。どちらも氏名と犯罪を連想させる情報が検索を通じて結び付けられたことが問題となりましたが、原告も事実関係も異なる別の訴訟です。
入力する前に候補が現れる「Googleサジェスト」
Googleサジェストは、検索窓に文字を入力すると、その文字に続く検索候補を自動的に表示する機能です。利用者が候補を選べば、その組み合わせを検索語としてそのまま検索できます。
こうした候補は、Googleの担当者が一つずつ作成しているわけではなく、システムによって自動的に生成されます。現在のGoogleは、これまで実際に行われた検索を反映し、入力中の語句と一致する一般的な検索語を探して候補を決定すると説明しています。その際、検索に使われる言語や場所、その時点で注目されている話題、利用者の過去の検索なども考慮されます。また、実際の検索に加え、ウェブ全体で検出された単語のパターンをもとに、個々の単語やフレーズが候補として表示される場合もあります。[3]
つまり、Googleサジェストは、単純に「多く検索された言葉」をそのまま並べる仕組みではなく、複数の情報をもとに検索候補を自動的に決定する仕組みです。
便利な機能である一方、人の氏名と別の言葉が並んで表示されると、利用者には「この人物と、この言葉には何か関係があるのではないか」と見える可能性があります。今回の2つの訴訟では、まさにこの「氏名と情報の結び付き」が問題となりました。
訴訟① ― 身に覚えのない犯罪を連想させる言葉が表示された
1つ目の訴訟では、男性が自分の氏名をGoogleに入力すると、犯罪行為への関与を連想させる言葉が検索候補として表示されることが問題となりました。男性には犯罪の前科や前歴はありませんでしたが、インターネット上には、男性が犯罪に関与したかのような中傷記事が掲載されていました。
さらに、その氏名をGoogleに入力すると犯罪行為への関与を連想させる言葉が検索候補として表示され、その候補を見た利用者が、男性と犯罪との間に何らかの関係があるような印象を受ける可能性がありました。また、その候補を使って検索すると、男性が犯罪に関与したかのような中傷記事にもたどり着きやすい状態になっていました。男性は、こうした検索候補の表示や検索を通じた情報の結び付きによって就職活動にも不利益を受けたなどとして、Googleに問題となる検索候補の表示停止を求めました。[1][4]
こうした問題の構造を模式的に示したのが図1です。元の中傷記事そのものをGoogleが作成したわけではありません。しかし、氏名と犯罪を連想させる言葉が検索候補として並ぶこと自体が本人についての印象に影響し得ることに加え、その候補を入口として関連する記事や書き込みにたどり着くことが、その印象をさらに強める可能性がありました(図1)。
図1. Googleサジェストから検索結果までの情報の結び付きと人物の印象形成
この事案で問題となったのは、単に「インターネット上に中傷記事が存在していた」ということだけではありません。Googleの検索システムが、本人の氏名と別の言葉を検索候補として結び付けて表示したことについて、Google自身がどこまで責任を負うのかが問われたのです。
東京地裁は表示停止を認めたが、高裁では判断が逆転
男性はまず、問題となっている検索候補を表示しないよう求める仮処分を申し立てました。2012年3月、東京地方裁判所は、問題となったサジェスト表示が個人の人格に関わる権利である「人格権」を侵害しているとして、その表示を差し止める仮処分決定を出しました。[1]
その後、2013年4月15日、東京地裁は男性の請求を一部認め、Googleに対して問題となるサジェスト表示の停止と慰謝料30万円の支払いを命じました。Google側は、検索候補はシステムによって自動的に表示されるものであることなどを主張しましたが、東京地裁は、サジェストによって男性に関する問題のある投稿へ利用者がたどり着きやすくなっていた点などを重視しました。[1][4]
しかし、2014年1月15日の東京高等裁判所では判断が逆転します。東京高裁は一審判決を取り消し、男性側の請求を棄却しました。
東京高裁は、サジェストによって男性に関する問題の記事が見つけやすくなっていることを踏まえつつも、男性が受ける不利益と、検索候補を削除することでGoogleや検索サービスの利用者が受ける不利益を比較しました。その結果、男性側の不利益が後者を上回るとはいえないと判断しました。[1][2]
また、検索候補として単語が表示されること自体についても、男性の名誉やプライバシーを侵害するとはいえないとして、不法行為の成立を否定しました。[1][2]
ここで重要なのは、個人の名誉やプライバシーだけでなく、検索サービスを通じて社会や利用者が情報を探すことのできる利益も考慮されたことです。本人にとって不利益な検索候補だから直ちに削除する、という単純な問題ではなく、双方の利益をどのように調整するかが問われました。
訴訟② ― 関与していない事件と検索上で結び付けられた
同じ時期、別の男性によるGoogleサジェスト訴訟も起きていました。この男性が大学在学中に参加していたサークルでは、集団暴行事件が起きていました。しかし、男性自身はその事件には関与していませんでした。
ところが、男性の氏名をGoogleで検索すると、犯罪への関与を連想させる言葉が検索候補として表示されました。さらにその候補から検索すると、男性が事件に関与したかのような書き込みがあるインターネット掲示板などが表示される状態になっていました。
男性は、これによって精神的苦痛を受けたとして、Googleの米国法人と日本法人に対し、検索予測表示の差止めなどと慰謝料200万円を求めました。[5]
2013年5月30日、東京地裁は男性側の請求を棄却し、問題となった表示は男性に対する名誉毀損には当たらないと判断しました。[5] 男性側は控訴しましたが、2013年10月30日、東京高裁も控訴を棄却しています。[2]
1つ目の訴訟では、本人に関係のない犯罪情報と氏名が結び付けられていました。一方、2つ目の訴訟では、男性が参加していたサークルで実際に事件が起きていたものの、男性自身はその事件には関与していませんでした。つまり2つ目では、一部に事実との接点があることで、本人と事件との関係が必要以上に強く見えてしまうという問題もありました。
2つの訴訟から見えてくること
2件とも、氏名を入力すると犯罪を連想させる検索候補が表示され、その候補を使って検索すると、本人と犯罪を結び付ける情報が現れるという点ではよく似ています。
しかし、名誉やプライバシーが侵害されたかどうかは、「犯罪を連想させる候補が表示された」という一点だけで決まるものではありません。どのような候補が表示されたのか、どのような検索結果につながったのか、本人とその情報との実際の関係、第三者が表示からどのような意味を受け取るのかなど、具体的な事情によって判断は変わります。
また、1つ目の訴訟では同じ事案について東京地裁と東京高裁で結論が分かれました。東京地裁が本人側の不利益を重視したのに対し、東京高裁は、本人を守る利益だけでなく、Googleや検索サービスの利用者が情報を探す利益も考慮した点が特徴です。[1][2]
検索候補は「この人物は犯罪を行った」と断定する文章ではありません。しかし、氏名と別の言葉が並ぶことで、利用者が両者に何らかの関係があると受け取る可能性があります。また、多くの人に検索されている言葉だからといって、その内容が事実であるとは限りません。
この点から見ると、検索サービスでは、情報そのものの正しさだけでなく、どの情報とどの情報を結び付けて見せるかも、個人についての印象に影響することが分かります。
その後、「検索結果を消せるのか」という問題へ
Googleサジェストをめぐる訴訟の後、日本では、検索候補だけでなく、検索結果そのものを検索事業者に削除させることができるのかという問題も注目されるようになりました。
サジェストをめぐる問題から、検索結果の削除をめぐる問題へと、検索サービスと個人の権利に関する論点がどのように広がっていったのかを図2に示します。
図2. 検索サービスと個人の権利をめぐる問題の広がり
例えば、過去に報道された犯罪歴などがインターネット上に残り、氏名を検索するたびに過去の情報へ容易にたどり着ける場合があります。元の記事が掲載当時には正確な情報だったとしても、長い年月が経過した後まで、氏名検索によってその情報が容易に見つかり続ける、いわゆる「デジタルタトゥー」※をどのように考えるのかという問題です。
こうした問題との関係で注目されたのが、「忘れられる権利」※です。2014年にはEU司法裁判所が検索結果の削除に関する重要な判断を示しました。日本でも、検索事業者に検索結果の削除を求める裁判が複数起こり、メディアでも「忘れられる権利」との関係が注目されるようになりました。 [2]
今回取り上げた2件とは別に、日本ではGoogleの検索結果そのものの削除を求める訴訟も起こりました。2017年1月31日、最高裁判所はその一つについて判断を示しました。最高裁は「忘れられる権利」という独立した権利を明示的に認める形ではなく、本人のプライバシーを守る利益と、その情報を検索結果として提供する理由を比較して判断するという考え方を示しました。そして、本人側の利益が明らかに優越する場合には、検索結果の削除を求めることができるとしました。[6]
Googleサジェスト訴訟では、氏名と特定の言葉が検索候補として結び付けて表示されることが問題となったのに対し、2017年の訴訟では、過去の記事や投稿へのリンクをGoogleの検索結果から削除できるかが問題となりました。しかし、どちらにも、検索サービスによって個人に関する情報がどのように見つけられ、それが本人の権利にどのような影響を与えるのかという共通する問題があります。
現在のGoogleでは問題のある検索候補を制限
現在のGoogleでは、予測入力候補について一定の制限が設けられています。Googleは、暴力的、性的、差別的、中傷的な内容など、一定のポリシーに反する候補が表示されないよう、自動システムによる制御を行っていると説明しています。[3]
また、実名の人物とプライバシーに関わる言葉や中傷的な言葉を結び付ける候補や、十分な裏付けがないまま重大な不正行為を個人に関連付ける候補などについても、表示を制限する方針が示されています。[3]
情報そのものだけでなく、「結び付け方」と「見つけやすさ」にも注意
Googleサジェストをめぐる2つの訴訟では、Googleが犯罪情報そのものを作成したわけではありません。それでも、ある人物の氏名と別の情報が検索候補として結び付けられることで、第三者に新しい意味や印象が生まれる可能性があります。
さらに、検索結果の削除との関係でEUを中心に議論されてきた「忘れられる権利」まで視野を広げると、問題は情報の結び付け方だけではありません。検索によって、その情報をいつまで容易に見つけられる状態にしておくのかという問題もあります。
一方で、検索サービスは、膨大な情報の中から必要な情報を見つけるための重要な仕組みです。そのため、本人にとって不利益な情報だからという理由だけで、すべての検索候補や検索結果を削除すればよいわけでもありません。
本人のプライバシーや社会的評価を守る利益と、社会や利用者が検索によって情報にアクセスできる利益を、どのように両立させるのか。
Googleサジェストをめぐる訴訟は、情報そのものだけでなく、情報の「結び付け方」や「見つけやすさ」もまた、個人のプライバシーや社会的評価に影響し得ることを示しています。
用語解説
- Googleサジェスト(オートコンプリート)・・・Googleの検索窓に文字を入力した際、入力途中の言葉に続く検索候補を自動的に表示する機能。現在Googleでは「オートコンプリート」または「予測入力」と呼ばれています。
- 忘れられる権利・・・インターネット上の過去の情報について、一定の場合に検索結果からの削除などを求めることをめぐって用いられる考え方。
過去の記事で登場した専門用語
- デジタルタトゥー(第5回)
参考文献
- 内山 浩人, 「忘れられる権利」と近時の裁判例の動向, 神奈川県弁護士会『専門実務研究』第11号, 2017年.
- 石井 夏生利, 「忘れられる権利」をめぐる論議の意義, 『情報管理』第58巻第4号, pp.271–285, 2015年.
- Google, Googleの予測入力候補の仕組み, Google 検索 ヘルプ (閲覧日:2026年9月10日).
- J-CASTニュース, サジェスト機能でプライバシー侵害 グーグルに表示停止命じる, 2013年4月16日.
- J-CASTニュース, グーグル「サジェスト機能」の名誉毀損認めず 東京地裁が請求棄却, 2013年5月31日.
- 宍戸 常寿, 検索結果の削除をめぐる裁判例と今後の課題, 『情報法制研究』第1号, pp.45–54, 2017年.